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火垂るの墓|西宮のおばさんは別れた後に後悔した?清太とはどんな親戚関係なのか

火垂るの墓で第二の主人公と言えば西宮のおばさんかもしれません。

おばさんの言動を通して、当時の日本人の考え方を感じることができます。

評価は対局化していて、清太や節子に対して冷たい仕打ちをする人、嫌味な人というものから、おばさんの発言は正論で、清太が無能なだけという意見です。

そのおばさんは一体どんな人なのか見てみましょう。

火垂るの墓|西宮のおばさんとは

西宮のおばさんとは、戦時中清太と節子が身を寄せていた兵庫県西宮市の叔母です。

劇中では、おばさんの清太と節子に対する言動が次第にヒートアップしていき、次第に2人が家を出ることとなります。

火垂るの墓を見た人からは、西宮のおばさんが嫌味な人というコメントが多数ありますが、何も最初から嫌味を言っていた訳ではありまん。

 

抜粋してですが、セリフをまとめました。

「お母さんの着物なぁ、言うては悪いがもう用もないんやし、お米に換えたらどう?」

「お国のために働いている人らの弁当と、一日中ブラブラしているあんたらと何で同じやと思うん。」(周りは白ご飯、自分たちだけ雑炊なことに不満を感じる2人に言った言葉)

「清太さんな、あんたもう大きいねんから、助け合いゆうことも考えてくれな。あんたらはお米ちっとも出さんと、それで御飯食べたい言うてもそらいけませんよ、 通りません」(働かず、家でごろごろしている清太に向かって言った言葉)

「ちょっと続けて御飯たべさせたら、まぁ口が肥えてしまいよってからに」

節子「そやかてあれ、うちのお米なのに」

「なんや、そんならおばさんがズルいことしてる言うの?…。よろし、うちとあんたらと御飯別々にしましょう。」

「こいさんも、兄さんも、お国のために働いているんでっさかい、せめてあんた泣かせんようにしたらどないやの?」(夜、泣く節子の声を聞きつけ言った言葉)

「非常識な。ほんまに、えらい疫病神がまいこんでこたもんや。空襲いうたって何の役にも立たんし。そんな命おしいのやったら横穴にすんどったらええのに」(オルガンを弾いて歌う清太と節子に言った言葉)

「ほな、まぁ気ぃつけてな。節っちゃん、さいなら」

最初は嫌味なく、一緒に暮らしてていましたが、清太と節子の生活態度に関して冷たい言葉を浴びせるようになりました。

おそらく、おばさんと清太たちは生活基準が違ったのでしょう。

清太はお坊ちゃんという説があります。お父さんは大尉ですからね。

 

毎日白いお米を食べることもできましたし、働かなくても生活に困ることがなかったのだと思います。

まして、オルガンを弾けるということは、そのような環境が整っている家ということになります。

現代でも、家で何もせずに御飯だけ食べて、まして出した御飯に文句を言われたら、相手が家族でも嫌味の1つや2つは言ってしまいます。

 

まして、戦時中は満足な生活ができない状況でした。

戦争のストレス、生活もままならないストレス、そして家族以外が一緒にいるストレス、複合的な要素が合わさり、おばさんの言葉もヒートアップしていったのだと思います。

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火垂るの墓|西宮のおばさんは別れた後に後悔したのか

実際におばさんが出て行ったことを後悔しているかは、劇中ではわかりませんでした。

しかし、『実写版・火垂るの墓』では、おばさんの心理を描写化しています。

実写版火垂るの墓のスタートは、おばさんこと「久子」が亡くなったシーンから始まります。

 

久子の娘が遺品を整理していると、そこには思い出のドロップ缶が。

久子は戦後の三ノ宮駅で、瓦礫に埋もれた清太の遺骨を探している時に、清太が生前持っていたドロップ缶を見つけます。

ドロップ缶を手に持ち、久子は目に涙を浮かべたのでした。

 

この描写から、おばさんが後悔していたのかはわかりませんが、2人の事を嫌っていた訳ではないということがわかります。

実写版火垂るの墓は、叔母さんの視点からストーリー化されていて、大人だからこそ共感できる部分も描かれています。

戦争という非日常的な中、未亡人となり、家族を守らなければならない苦境の中、生き抜くために変わらなければならなかったおばさん。

 

結果的に清太と節子が家から出ていくことにはなりましたが、自分への戒めとしてドロップ缶は大事に保管していたのかもしれません。

火垂るの墓|西宮のおばさんは清太とどんな親戚関係?

西宮のおばさんは、清太の父親の従弟のお嫁さんです。

つまり清太とは遠い親戚です。

実写版火垂るの墓では、偶然同日に夫を戦地に送り出した後に、清太たちの母親とおばさんは出会います。

 

それまでは交流関係はありませんでしたが、偶然の境遇の一致が2人の親交を深めたのです。

原作でもお互い空襲で家が焼けたら身を寄せ合う約束だったと記されていました。

劇中でも実写でも、おばさんの家と清太の家とでの金銭的格差は描かれています。

劇中では清太が七輪でご飯を炊いたり、オルガンを弾いていたり、また実写の方でも備蓄庫の食糧が豪華だったり、おばさんは生活の格差を目の当たりにするわけです。

親戚だからこそ、戸惑いを感じたのは間違いないでしょう。

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まとめ:西宮のおばさん

火垂るの墓には欠かせない、おばさんの存在。言葉だけ見ると、清太と節子に対して冷たい言葉かもしれません。

しかし、それは今の立場から見た感想であって、当時生きることが精一杯の時代に、心に余裕をもって人に優しくできるのかと問われると、私もおばさんの様になっていたかもしれません。

未だにおばさんの言葉に賛否両論の意見が出ますが、それは戦争という非日常世界が終わっても、私たちはいつも何かに追われ、苦しい時を経験するからこそ、どちららの意見も共感がもてるのかもしれません。

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