崖の上のポニョ

崖の上のポニョ|そうすけの苗字はなに?その後は結婚したかについても

「崖の上のポニョ」は、2008年7月に公開されたスタジオジブリ制作の長編アニメーションです。

海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいという我儘をつらぬき通す物語です。

そんな「崖の上のポニョ」について、作品の中で気になる点がいくつかあったので考察していきたいと思います。

崖の上のポニョ|そうすけのプロフィール!苗字は?

宗介(そうすけ)は本作の主人公であり、5歳の保育園児です。

ゆったりとまっすぐな男の子で、崖の上の一軒家にて、両親と一緒に住んでいます。

ある日、家出をして海岸で空き瓶に挟まっていたポニョを助けたことが、2人の初めての出会いとなります。

 

そんな宗介ですが、実は作中では苗字が登場していません。

両親の言動から苗字が判明するような描写も存在していません。

おそらく、何かしらの明確な意図を持って伏せられています。

 

本作の制作会社であるジブリや監督の宮崎駿から公式な説明はないものの、最も有力な説に、「野中」というものがあります。

これは夏目漱石の小説「門」の主人公「野中 宗介」が由来であり、崖の近くに住んでいるという共通点があります。

 

これにあっては、米タフツ大学修辞学・日本研究コース教授のスーザン・ネイピア氏が書籍「宮崎ワールド 宮崎駿の闇と光」に記述があります。

スーザン氏は、宮崎駿の映像作品はもとより、膨大な日本語及び欧州文献を8年がかりで渉猟し、宮崎監督本人とスタジオジブリ関係者への直接インタビュー、大学で教えている宮崎駿ゼミでの知見を踏まえています。

そんな宮崎映画を知り尽くしているであろう彼女の発言であるため、それなりに信憑性はあるのではないかと思います。

崖の上のポニョ|そうすけのその後はポニョと結婚?

本作品のラストシーンにおいて、ポニョは正式に5歳の女の子となりました。魚でも半魚人でもない。人間になったのです。

ポニョが人間になる際に、母親(グランマンマーレ)から提示された条件は「魔法を捨てなければいけない」というものでした。ポニョはこれを心地よく受諾します。

 

一方、宗介に提示された条件は「ポニョの本当の姿を知りながら、それでもいいという男の子」というものでした。

宗介は「お魚のポニョも、半漁人のポニョも、人間のポニョもみんな好きだよ」と、これに応じます。

そして、ラストシーンにおいて、ポニョは5歳の人間の女の子となりました。ここで映画は終わります。

 

そんな2人は、その後、どのような運命を辿ったのか。

監督である宮崎駿が、インタビューにて面白い発言をしています。

「(ポニョと宗介のその後は)友達以上、若しくは恋人同士になったのかは「皆の解釈次第」ということです」

というものです。

つまり、本作品の視聴者の数だけ、いかようにも解釈することができるということです。

 

そんな一視聴者としての私の解釈は、「結婚する」というものです。これについて説明していきます。

作品終盤のグランマンマーレの発言から分かるように、宗介はポニョの身元引受人となっています。

つまり今後、ポニョは宗介やリサや耕一と共に生活することとなります。そして、ポニョと宗介は相思相愛です。

 

  • この条件下において、片方の気持ちが冷めた場合、一体どうなるのでしょうか?
  • それでも、共に過ごすことができるのでしょうか?
  • 片方が家を出て行くことになるのでしょうか?
  • それが宗介の場合、ポニョの自宅での立ち位置はどうなるのでしょうか?
  • 宗介が他に好きな女の子ができた時、ポニョはどうするのでしょうか?

 

色々考えられますが、ジブリ作品の延長戦ということを考慮すると、後味が悪すぎます。

所詮子供の恋心と言えば元も子もありませんが、私は、子供ながらに真っ直ぐで純粋な2人の気持ちがいつまでも続くであろうと信じてみたいと思いました。

以上のことから、ハッピーエンドを願いたいという若干の私信も含め、2人は「結婚する」と解釈したいと思います。

崖の上のポニョ|そうすけが両親を呼び捨てにしてる理由

本作品を視聴した人なら誰もが違和感を感じることだと思います。

宗介は両親のことを、それぞれ「リサ」「耕一」と呼んでいます。日本社会の家庭において、これらの呼び方は決して一般的ではありません。

しかし、両親は当然のようにこれを受け入れています。

 

ではなぜ、宗介は両親のことを名前で呼んでいるのか。

最たる要因は、母親の性格だと考えられます。

宗介の母親であるリサは、しっかり者で気が強いです。

 

初対面のフジモトに対する態度からも分かる通り、言うべきことはハッキリ言うタイプです。

悪天候での豪快(やや乱暴)な運転にあっても、性格が反映されています。

その反面、小金井丸の船長である旦那の耕一が帰ってこれないと分かると、露骨に怒り出し、ビールを飲み、挙句の果てには寝込んでしまうほどだらしない描写が映し出されています。

 

そして、そのことからも、耕一は長期間自宅を不在にしていることが伺えます。

「母親であるリサの性格」と「父親の耕一が長期間に自宅にいない」という家庭環境を考慮した際、宗介に両親のことを名前で呼ばせることにより、親の力に頼ることなく、1人の人間として成長してほしいという願望が表れているのではないかと考えられます。

 

そのことが功を成してか、宗介は5歳ながらにモールス信号を扱い、現代では生息しているはずのないデボン紀の魚を初見で言い当てられるほど古代魚に関して精通し、子供が使う言葉とは思えない「上々」などを使うことができます。

そして、子供ながらに落ち込む母親を励ますことができます。

リサはそれで元気を取り戻していたため、自宅を留守にしていることが多い旦那に代わって、自分を支えてくれる存在であってほしい、という風にも考えられます。

 

5歳の宗介が、両親をどのように呼ぶかを自身で判断できるとは思えないため、親の介入が必ずあったはずです。

その時に、おそらく母親であるリサが、自分たちのことを名前で呼ぶように教えたんだと思います。

家庭においては、父親より母親に決定権があるものです。ある種の母親のエゴが、宗介の両親の呼び方に反映されたのだと解釈できます。

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まとめ:崖の上のポニョのそうすけについて

ジブリ作品全体に言えることではありますが、表面上は可愛いキャラクターが和気藹々と躍動する描写となっていますが、物語の背景やそれぞれのキャラクターには、俗に言う「裏設定」のようなものがあります。

そして、それが意図的に物語の中に埋め込まれています。

今回の題材である「崖の上のポニョ」にあっても、最終的には視聴者に解釈や判断を委ねるような場面が散見されました。

そういったものを考察することも、ジブリ作品の楽しみ方の一つかもしれません。

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