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風立ちぬ|堀越二郎なぜ人気なのか? かっこいいシーンやセリフまとめ

堀越二郎は第二次世界大戦に「零式艦上戦闘機」いわる零戦を設計した航空技術者です。

堀越二郎は敵国の技術者も認めるくらい優秀で1982年に堀越二郎が亡くなった時は日本だけではなく世界中でも大ニュースになりました。

ただジブリの「風立ちぬ」はかなり脚色しており堀越二郎の性格も変えて恋愛映画にしてあります。

私は本当に実在した堀越二郎に付いて調べてみました。

風立ちぬ|堀越二郎とは

1903年日本群馬県藤岡市で誕生した堀越二郎は天才でした。東京帝国大学工学部卒業後(今の東大)、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社しました。

そして最先端の飛行機技術を学ぶ為にアメリカ・ヨーロッパに留学する事になります。

留学費は会社から四百圓(現在の100万円)用意してくれて欧米からさまざまな技術を学びました。

 

欧米の飛行機技術は当時の日本より遥かに進歩していました。

堀越二郎にとって未知の世界だったと思います。

そしてこの欧米を旅する間に堀越二郎の人生を変える人物に出会う事になります。

 

それはイタリア航空機メーカーの創業者である『ジャン・カプローニ』との出会いです。

ジャンは『飛行機はただの戦争の道具ではなく、存在そのものが美しい夢である』と堀越二郎にこう言い残してます。

この言葉を聞いた堀越二郎の心に響いたのだと思います。この言葉が後の零戦の美しい機体と高い戦闘能力を秘めた機体を造り出します。

 

その後堀越二郎は日本に戻りわずか5年で設計主任になりました。その技術力をいかして1932年七試艦上戦闘機を設計して2機を造りました。

…がいずれも失敗でした。

同年1932年に堀越二郎は佐々木須磨子と見合い結婚して子供は6人に恵まれました。

 

その後日本は敗戦しました。その原因は2つあります。

①敗戦直前、日本は「戦艦大和」を造って時代の進歩を無視した戦いを選んだのです。

②アメリカ連合軍は戦艦は時代遅れで戦闘機を多く搭載出来る新時代の「空母」を造って戦闘に使用しました。

 

パールハーバーなどで日本は慢心していたのだと思います。堀越二郎もまさか自分が設計した零戦が神風特攻隊に使われるとは思ってもいなかったはずです。

敗戦後に堀越二郎は東京大学の宇宙航空技術研究所の講師を勤めます。

1965年【人の操縦する飛行機の飛行性の改善に関する研究 :昇降だ操縦系統の剛性低下方式】の論文・研究で東大教授となりました。

 

その後は防衛大学教授や日本大学教授をして日本や海外の飛行機事故調査員として航空機事故の調査と解明に尽力を尽くしました。

その後1973年11月3日には「勲三等旭日中綬章」をうけています。

そして1982年1月11日飛行機に人生を捧げてその生涯の幕を閉じました。

風立ちぬ|堀越二郎が人気の理由

私は映画館で風立ちぬを期待して観にいってガッガリして帰って来た事を今でも鮮明に覚えています。

ジブリだから夢のある恋愛映画に脚色したのです。堀越二郎の性格もかなり脚本で変更してるはずです。

 

ジブリ映画風立ちぬでは堀越二郎は裕福な家庭に生まれ、性格は掴みと心がなく時間や予定にはルーズで妄想家のような設定になっています。

しかし実物の堀越二郎の文献では、堀越二郎は芯が強く凄い几帳面な性格だったようです。

布団を引く時には壁と布団が並行に絶対になるようにする程几帳面だったそうです。

飛行機やその他、何にでも追求心、熱中心が凄い人だったらしいです。

 

そしてジブリ映画風立ちぬ上映の里見菜穂子との恋愛話ですが、菜穂子の実在モデルは堀辰雄の婚約者で実在人物の矢野綾子です。

ここでピーンと来た人がいるのではないでしょうか?

そう堀越二郎はあの零戦を制作した実在人物。

 

小説版風立ちぬは実在人物の小説家堀辰雄と矢野綾子の恋の物語ですが2人とも当時不治の病の結核で命を落としてます。

つまりジブリ映画風立ちぬは堀越二郎と堀辰雄の2人の物語を融合させた映画です。

だとしたら戦闘機ファンや堀越二郎ファンは映画を観て怒るのは当然です。

映画の評価は見事に真っ二つに分かれました。

 

ジブリ版映画風立ちぬはほとんど零戦は出て来ませんし、出て来ても堀越二郎の夢の中で、あとは小説版風立ちぬの結核を患った恋愛物語でした。

私は堀越二郎が零戦を設計して創る事を期待して映画を観て来ました。零戦は敵国だったアメリカにも評価されています。

私は堀越二郎の人気は苦労を重ねて零戦を作った事にあると思います。1937年『十二式試艦上戦闘機」の設計を行うそこからが苦労の始まりです。

 

太平洋戦争下、海軍から余りにも高い要求をされ堀越二郎は悩みました。

その要求が「格闘性能・航続力・速度の内で優先するものをつ1つ述べてほしい」という要求でした。

堀越二郎はこの海軍の3つの条件を全てクリアするには、その他の何かを若干犠牲にしても仕方がないと考えていました。

 

世界大戦下で海軍に無理な「格闘性能・航続力・速度の中で優先するもの」何を犠牲にしたのかは防弾です。少しでも軽くなれば早くなるか防御力は落ちるの致し方がない事です。

そして「十二式試艦上戦闘機」を改良(これが零戦の設計)そして出来たのが『零式艦上戦闘機』つまり【零戦】です。

堀越二郎は零戦がより早い飛行能力を付ける為に鋲(びょう)を丸くして空気抵抗を減らす「沈頭鋲」と失速を防ぐ為の「主翼のねじり下げ」を当時なかったもので、現代では当たり前の技術を当時堀越二郎は開発してたのです。

 

海軍要請の『格闘性能・航続力・速度の中で優先するもの」全てを満たし敵国から『零戦には何か神秘的なものがある』『零戦を見つけたら逃げろ』と恐れられる程の高性能でした。

第二次世界大戦末期には零戦改良型機『雷電』が堀越二郎により造られたが終戦が来てしまい量産に間に合わなかったのです。

雷電の改良後継機プロペラを使わない三菱A7M烈風』は終戦間際に堀越二郎が開発しましたが間に合わなかったのです。

当時プロペラをつかわないのは常識では考えられませんでした

 

終戦後堀越二郎は、戦闘機の技術者や設計士など優秀者を集めて堀越二郎が中心になり戦後日本初の旅客機『YS-11』を作成しました。

堀越二郎の戦闘機・飛行機の技術に人生をかけ続けた事が凄くかっこいいと思います。

堀越二郎のその人生のきじゅつが今の飛行機技術に活かされてるのだと思います。

風立ちぬ|堀越二郎のかっこいいシーンやセリフ

私としては堀越二郎と堀辰雄の2人の実在人物がごちゃ混ぜで良いシーンやセリフは…

かっこいいシーン

ジブリの映画でお菓子を食べてるシーン『シベリア』という明治末期〜昭和時代に広く愛されたお菓子です。

雪原の中をシベリア鉄道が走り行く…からシベリアという説があります。

私も食べてみましたがカステラ、洋風と和風のコラボみたいで美味しかったです。

名セリフ

『創造的人生の待ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ。君の10年を、力を尽くして生きなさい』byカプローニ

彼の言葉が堀越二郎を未来へと繋げたのでしょうと思うと凄くロマンが広がります。 

おわりに

日本にまだ何機か零戦が存在しますがどれも飛びません。しかしアメリカロサンゼルス近郊で第二次世界大戦後の飛行機150機を展示してる博物館があります。

そしてなんとこの零戦は世界でたった1機のみ飛行可能なんです。アメリカ人は物を大切にする国民です。

私は平和な世界で零戦が飛んでいる姿を見てみたいです。

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